カーボンニュートラルという選択は正しいか

 地球温暖化対策の大きな柱の一つに「バイオマスエネルギーの活用」が叫ばれている。特にブラジルのサトウキビやアメリカのトウモロコシは大量にエタノールに転換されている。ブラジル国内の車両の約8割はエタノール燃料になっているし、アメリカでも政策による誘導(エネルギー安全保障/中東へのエネルギー依存からの脱却)でE10と呼ばれる10%のエタノールをガソリンに混入した燃料に転換している。日本でもETBE(エチルターシャリーブチルエーテル)3%を混入したE3の導入を進めている。
アメリカのバイオエタノール生産量は 2009 年には、約 110 億ガロン(4180 万キロリットル)以上と、2000 年度の5倍まで増加している。(それでもガソリン消費量:5 億 3000 万キロリットルの8%弱)これはトウモロコシの生産量:2億7千万トンの約40%に相当する。特にガソリン価格が高騰してくると、農家にとっても安定的な収入となる、等のメリットも言われているが果たしてそうか。

確かに、最終的にアルコールとして燃焼する植物体だけのエネルギー収支はプラスマイナスゼロになる。しかし既に多くの方が気づき、指摘されているようにトウモロコシの収集、加工、運搬する際に発生するCO2は明確に評価されていない。さらに、農地の生産力の低下や灌漑用の水の枯渇問題等、食糧危機も叫ばれている状況で目先のガソリン節約に目を奪われているのではないか。

 既にいくつかの論文が発表されている。その中で、Science誌に発表されたうちの1つで、プリンストン大学で環境法を研究する Timothy Searchinger 氏らがまとめた研究論文によると、化石燃料の代わりに、米国のバイオ燃料業界で人気の高いトウモロコシ由来のエタノールを使用した場合、今後30年間にわたって温室効果ガスの排出量が倍になるという。他の作物よりもはるかにエネルギー効率がよいとされるスイッチグラス[ロッキー山脈に自生する多年生植物]でも、温室効果ガスの排出量が 50%増えるという。

 問題は、食糧以外のバイオマスならOK?!という考え方だと思う。どういうことか。問題のひとつは林地残材にしろ、稲わらにしろアルコールにするための投入エネルギーがトウモロコシの数倍~数十倍必要になる点だ。なぜならでんぷんの分解酵素とセルロースの分解酵素ではその効率に大きな差があるからだ。

 唾液中のアミラーゼはでんぷんの分解酵素だが、比較的簡単にグルコース(単糖)に分解できる。しかし、セルロースを分解する酵素-良く知られたセルロース分解酵素は木材腐朽菌、即ちキノコ類、は自然界ではあまり効率が良くない。これは少し考えれば分かることで、木材や竹や稲わらは植物繊維という化学的にも物理的にも強固な複合体を形成しており、単一の酵素を接触させても簡単に分解しない。多くの研究者が少しでも分解効率の良い酵素を必死になって探している最中だ。その中ではシロアリの体内酵素が注目されている。木をかじって体内の酵素や微生物で木粉からグルコースを生成するプロセスの効率が高い、というわけだ。もしこの酵素を生成するDNAが大量に培養され、酵素が数万トンの単位で増産できても、そのコストは到底トウモロコシから生成するグルコースとは比較にならないだろう。いずれにせよ、これ(グルコース)をさらにアルコール発酵し、水と分離しなければエタノール燃料にならないのだから、当然その段階でも多量のCO2を排出する。

 もう一点は植物に取り込まれたCO2は放置すればまた分解=腐ってCO2を放出する、だから燃やしてもプラスマイナスゼロ=カーボンニュートラル、という考え方だ。私に言わせればこれは明らかな詭弁だ。なぜなら、天然林における「林地残材」とは老木が朽ちて世代交代するための木材腐朽菌や土壌微生物の栄養源であり、それらをとりまく複雑な生態系の一部だ。先日の読売新聞にこんな記事が載っていた。
「森の土CO2吸収源に期待」森林研究所関西支所 森林環境研究グループ1ヘクタール(深さ1m)に含まれる炭素の量が日本の森の土壌(褐色森林土)では、200~300tに対して、熱帯林:150t、北方・温帯林:120tという調査結果であった。
地上に生育している植物体より土壌の方にCが多いと言うことだ。一体そのCはどこから来たのか? 記事で岩石中に含まれるものと言っているがそんなことはない。それは、生物の菌体、死骸、排泄物・・・・即ち有機物に起因するものに他ならない。どんな植物でも「バイオマス」として利用しなければ、ただ腐ってCO2を放出する、のではない。森林の土壌は100年から400年で1cmになる、と言う。田畑で作物を作ったら、土地を休ませ、肥料を与える。農業が最大の環境破壊と言われる所以である。では森はどうか。生長した木はその森の養分を一時蓄えているだけだとしたら・・・・・・・・・・・。
バイオマスをエネルギーとして利用することを否定するわけではないが、少なくとも「ニュートラル」ではないことは認識しておくべきだろう。

宇都 英二