「イスカンダル星とCEOの孤独」

 1980年夏、私はインドネシアのカリマンタン島(年配の方にはボルネオ島がわかりやすい)南部のパンカランブンの空港に降り立ちました。木くず発電プラントを納入する合板工場建設現場は空港からジープで1時間です。
パンカランブンは今ではオランウータン・リハビリテーション施設である「キャンプ・リーキー」への中継地です。インドネシア初のこの施設を訪問すれば、不法伐採による森林の崩壊で影響を受け、保護されているオランウータンが観察でき、自然保護を学べる観光施設でもあります。その空港の名前が「ISKANDAR AIRPORT」。
なんとこのイスカンダルという言葉は日本で流行っていた「宇宙戦艦ヤマト」に出ていたではありませんか。
地球は異星人国家ガミラス帝国の遊星爆弾攻撃により放射能で汚染されていました。宇宙戦艦ヤマトのミッションはその放射能汚染除去装置「コスモクリーナーD」を受け取るために、大マゼラン星雲の中にあるイスカンダル星を目指す2199年の話です。単なる偶然の一致でしょうが、私はそのイスカンダル空港にいる不思議を感じざるを得ませんでした。興奮して「イスカンダルはここにあるぞ」と日本の誰かに無性に伝えたくなりました。

 本題はその3か月前です。時代を先取りする企業はインドネシアへ進出し、原木輸出の形態から、付加価値の高い最終製品を現地で作り、輸出するという動きが始まりだしたのです。合板製造ラインは装置産業です。原木を切り出した後、原木いかだを組んで工場まで運び、ピーリングマシンで薄く皮むきし、連続式乾燥機にかけて、糊付けして、重ね合わせて多段圧縮機でプレスして、3x6サイズ(90x180㎝)や4x8サイズに裁断すれば製品になります。多くの機械は熱源の蒸気とモーター類を動かす電力が必要です。合板の製造ラインではたくさんの木くずが出ます。切削するときや表面を仕上げるときにも木粉などが出ます。私の会社は生産ラインででる木材チップや粉を燃料にして必要な蒸気を供給する木くず炊き発電プラントを提供します。一部の蒸気でタービンを回して電力を作り出します。外から燃料や電力を買わなくてもよい大変経済的な仕組みです。
 ジャカルタの韓国系合弁会社の本社事務所で専務室に招き入れられました。てっきりネゴかと緊張しました。
 私より少し年長のS専務(実質的なCEO)の顔つきがいつもと違いました。他の役員を人払いしたうえで、ゆっくりと切り出しました。「このプロジェクトはうまくいくだろうか?工場投資のタイミングは適切だろうか?君の意見を聞きたい。」尋常ならざる雰囲気を感じました。当時、機械だけで30億円以上の全体投資について意見を求められているのです。一機械メーカーの若造の自分にまるでボードのメンバーであるかのようにです。緊張しながら、知りうる日本や韓国の合板事業や市況について、率直に本音の意見を交換した、重い時間でした。帰国後まもなく事業決定と発電プラント発注の知らせが来ました。その後世界でも最大級の合板プラントが完成し、顧客の事業も順調に伸び、リピートオーダーもいただきました。S専務との短い時間に、事業決定のプロセスとCEOの孤独を垣間見ることができ、とても貴重な経験をさせてもらいました。宇宙戦艦ヤマトより早くISKANDAR星に降り立ったことも忘れられません。

 イスカンダル空港の前での撮影です。施設はバラック小屋を大きくした程度で、前の車止めから奥の滑走路側が透けて見えます。もちろん通関やパスポートチェックカウンタもありません。人が荷物をもって乗る大型計量器と切符切りのゲートがあるだけです。滑走路は雑草だらけの荒れた草地です。着陸するとガクンガクンと波打ちします。行き先案内板もなく、職員らしき人に次の飛行機は何時だと聞いても、何も答えてくれません。耳に手を当てて、聞いてごらんなさい。ブーンと音がするからと。冗談とも本音ともつかない、説明がありました。2021年の今は、ボーイング737-500級のジェット機が飛ぶ立派な空港に成長しているようです。

                                      遠藤憲雄(JRMN会員)